FC2ブログ
2020年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

2019.12.28 (Sat)

事件の見解を示す+意見を述べる保護者たち

2016年7月26日のことや
相模原障害者施設殺傷事件

3年後に なんで今頃になって やっとチラほらと話す人がでてくる
なんで?

ま エエけど




なかなか読みごたえのある話だよ

創出版 12月27日
元利用者家族が語ったやまゆり園と殺傷事件




なぜ施設職員があのような考えに至ったのか――衝撃の事件から3年半たってもその疑問はいまだに解明されていない。
「津久井やまゆり園」の職員はいまだに公の場で発言していないし、施設をめぐる状況はいまだに閉ざされたままだ。

そんな中、今回実名で登場いただいたのは、事件当時はやまゆり園にいてその後退所した平野和己さんの両親・平野泰史さんと由香美さん夫妻、そして、吉田壱成さんの母・吉田美香さんだ。事件当時の生々しい話もさるごとながら、平野さんは大規模施設の内情を告発し、事件の本質は施設の闇の部分にあるのに、マスコミは表層しかなでていない、と批判している。

実はあの事件と施設のあり方がどう関わっているかについては、問題は簡単ではない。本誌もそこは植松聖被告に確認したが、本人はその関係については否定している。ただ事件をめぐる議論の中で大規模施設のありようがしばしば指摘されるのも事実だ。実際、本誌前号で同園の家族会・前会長の尾野剛志さんの息子の一矢さんの地域移行について紹介したが、入所者とその家族も事件後、多くのことを議論し考えるようになっている。

今回は、元入所者家族3人の話を掲載することにしよう。やまゆり園にもぜひ今後、話を聞かせてほしいと思う。聞き手には『こんな夜更けにバナナかよ』の著者で、障害の問題に長年関わってきたノンフィクションライターの渡辺一史さんにも加わっていただいた。 (編集部)
.

殺傷事件当夜、入所者はどんな状況だった

――まずは平野さんと吉田さん、3年前の事件の時のことをお聞かせください。植松被告が押し入ったのは2016年7月26日の未明のことですが、その早朝に家族の方々が駆け付けたわけですね。
平野(父) 
事件のあった朝、友人から電話があって、お前のところは大丈夫なのかと言われました。それで初めて事件を知ったわけです。すぐに妻が電話で安否を確認したところ、うちの子は大丈夫とのことでした。

吉田
事件直後の気持ちとしては、障害者に好きでなった訳じゃないのに、一生懸命生きているだけなのに、そして健常者の子を持った親と同じように、子供のことを愛しているのにと、植松の歪んだ気持ちに憤りを感じました。また、同じように思う人がいると考えると、怖さも感じました。

渡辺
津久井やまゆり園は、「ホーム」と呼ばれる8つのユニットに分かれていましたが、お子さんの和己さんは、どちらのホームにいたのですか。

平野(父)
入所した当初は「すばるホーム」でしたが、事件後他の園に移され、やまゆり園に戻ったあとは、一階の「みのりホーム」でした。

平野(母) 「すばるホーム」では3人が亡くなっています。植松は最重度の障害者を狙ったと言ってますが、うちの子は区分から言えば最重度なんです。
でも「すばるホーム」で刺されて瀕死の重傷だった子は、会話もできるような人でした。何でも自分で喋れるし、その子は廊下を這っていって職員を呼びに行ったんです。7カ所刺されたけれど、かろうじて動脈をやられなかったんですね。

渡辺 
植松被告は刺す前に声をかけて名前を言えるかどうかを確かめ、なるべく重度の人を狙ったと言ってますね。

平野(父)
名前を尋ねたといっても夜中の2時頃でしょう。私だって言えたかどうかわからないですよ。植松は重い子を狙ったと言っているけど、そんな判断をする余裕はなかったと思いますね。

吉田
最重度の子を刺したと言ってるのは事実と違いますよね。うちの子も最重度ですから。

渡辺
吉田さんのお子さんの壱成さんは、どちらのホームに?

吉田
「みのりホーム」です。
うちの子は睡眠障害でちょっとの物音でも起きてしまうので、たぶんその時、起きていたんだと思うんです。だからたまたま刺されなかったのかもしれない。これは推測なんですけど。

植松被告は犯行時、どんな経路をたどって入所者たちを襲ったのか。
当時の津久井やまゆり園には、東側居住棟と西側居住棟の2棟があり、それぞれの棟は、いくつかの居室が集まった「ホーム」と呼ばれる合計8つのユニットに分かれていた。

まず植松被告は、東側居住棟1階の東側にある女性ユニット「はなホーム」の一人部屋の窓ガラスをハンマーで割って侵入。そこで女性5人を殺害した後、西隣にある女性ユニット「にじホーム(死者5人)」を襲撃。続いて、渡り廊下から西側居住棟へ移り、1階の男性ユニット「つばさホーム(死者2人)」と同「みのりホーム(死者なし)」を襲った後、2階へ上がり、同じく男性ユニットの「すばるホーム(死者3人)」と同「いぶきホーム(死者4人)」を襲撃して逃走したとみられている。

NHKに報道された身体拘束の現実

平野(父)吉田さんのお子さんがいた「みのりホーム」は、植松が襲ったホームの中では、唯一、ケガ人はいたのですが死者は出なかったんです。
吉田
包丁を新しく変える前で刺さらなくなっていたんじゃないかと言われていますね。

平野(父)
それと、もうひとつ考えられるのは、「みのり」は施錠されている部屋が多かったのかもしれない。

平野(母)
これは推測ですけどね。本来、施錠してはいけないことになっていますから、実際のところはわかりません。

渡辺
部屋ごとに施錠するというのは可能なんですか。

平野(父)
廊下の両脇に部屋が並んでいるんですが、個室と2人部屋があって、部屋ごとに分かれているから可能です。
職員にその時どうだったのかと聞いたら、夜中は誰か出てくるかもしれないので職員室から見えるようにドアを開けてあったというんです。普段は職員室からは見えないんです。職員室の窓も中が見えないように全部目張りしてあるんです。

篠田
職員は夜は定期的に見回りをすることになっているんですか。

平野(父)
2つのホームの中間にひとつの職員室があって、両方のホームを見るようになっているんです。例えばうちの子の場合なら、職員が「すばる」と「いぶき」を見るようになっていたんです。ただ職員室には目張りがしてあるのでドアを開けて出ないと見えないんです。

渡辺
なぜ職員室に目張りがしてあるんですか。

平野(父)
利用者から見えないようにするためです。職員の姿が見えると利用者が気になってしまうからです。
 
元利用者の松田智子さんについては、NHK「おはよう日本」(6月12日)で報道され、やまゆり園の支援の実情が問題視されるきっかけともなった。
智子さんは、やまゆり園時代、「突発的な行動もあり、見守りが難しい」という判断のもと、車いすに長期間拘束されていたことが、やまゆり園の支援記録から明らかになった。
ところが、やまゆり園を退所し、横浜市内の施設で拘束を解かれた生活をするうちに、足腰のリハビリを行うことで歩けるようになった。グループホームに移り、散歩やカフェでの食事、地域の資源回収の仕事までできるようになったという。
植松被告は、犯行予告ともとれる衆議院議長への手紙の中で、「車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し」と書いたが、それは現実だった。こうした拘束の実態などについても、やまゆり園は今のところ取材に応じていない。

やまゆり園の支援についての数々の疑問

平野(父)
家族会・前会長の尾野さんの息子さんがいた「いぶきホーム」は、非常にオシッコ臭かったと聞きました。なぜなのか元のホーム長に理由を聞いたら、「部屋でオシッコする子がいるんです」と言ってました。

平野(母)
オシッコ臭いのは、息子が事件のあと4カ月いた「みのりホーム」も同じでした。でも保護者はホームの中に入れてもらえないので、詳しい事情はわからないんです。

吉田
うちの子も「みのりホーム」でしたが、毎日風呂にも入れてもらってるはずなのにフケもすごいし、臭いもすごい。

平野(父)
それから、やまゆり園に入所した時の説明では、月曜から金曜の日中は「生活介護」ということで、東側の作業棟へ行くと説明がありました。
ところが、「いつでも見学どうぞ」と言うので、日にちを決めようとホーム長に話すと、「平野さん、実は毎日は行ってないんです」と言うんです。どれくらい行ってるんですかと聞くと、「週2~3回」とのことでした。園ではそれを「ピックアップ」と呼んで、日中に作業棟に行ける人だけを選んで連れていくんだということです。

今手元にある支援記録は、事件のあった2016年の記録ですが、作業棟にいるのは約1時間。それ以外の時間は、ほとんどドライブなんです。ドライブというのは、入所者を何人か車に乗せて職員が運転する。暴れやすい子でも車に乗るとおとなしかったりするので、よその施設でもやっているらしいですが、「監禁ドライブ」というらしいです。要するに車に乗せて走りはするんだけど、車の外には降りない。

事件後に、芹が谷園舎(横浜市港南区にある仮移転先)に移ってから、お正月の記録があるのですが、ドライブで鶴岡八幡宮に行ったのに、「車の中から参拝」と書いてあるんです(笑)。

平野(母)
息子がどういう生活をしているのか気になって、私も記録を読んでみるんですが、読むと胸が苦しくなる。みのりホームでは「1日中すわってテレビを見ていました」とか、「つまらなかったのかテレビを見ながら畳のへりをずうっと触っていて、それで畳を1枚ダメにしました」とか連絡してきました。

平野(父)
そういう記録だって、本当は全部出さないといけないんですが、請求してもなかなか出てこないんです。

吉田
うちの子はうんちをした時、自分で拭けないんですが、「出たよ」と必ず言うんですよ。でもやまゆり園にいた時は、パンツにべったりうんちがついている。だから職員の目があまり行き届いていないんだなと思いました。やまゆり園は、一人ひとりの事情に応じてくれるような対応の個別性がないんですよね。

渡辺
個別に対応してほしいという話を家族会などで話し合う機会はないんですか。

平野(母)
今ここで私たちがこうやって話していると、やまゆり園に上からガンガンいろんなことを言っているように思えるかもしれませんが、実際には最初はお願いする形です。入所者の家族は、「すみません、できればこうしていただけないでしょうか」という感じです。家族会でも何か批判めいたことを言うと、他の家族から、「あんなことを言わない方がいいですよ」と言われることもあります。やまゆり園にいられないようになったら大変だからというのですね。

「受け入れてもらった」という家族の弱み

渡辺
そもそも平野さんと吉田さんのお子さんは、いつからどういう経緯でやまゆり園に入所したのですか。

平野(母)
もともと和己は、秦野市にある「弘済学園」(財団法人鉄道弘済会)という施設にいたのですが、そこは児童施設で18歳までしかいられないんです。

平野(父)
18歳を過ぎると、加齢児ということになって、それで仕方なく別の受け入れ先をあちこち探すんですね。
それと、これは話すと長くなるのですが、うちの場合は弘済学園といろいろあって、ひとつはうちの子への虐待があったんです。それで学園ともめて追い出された形でした。グループホームなども探したのですが、当時はすぐに入れるようなところはなく、入所させるつもりはなかったのですが、紹介されて「津久井やまゆり園」のショートステイを利用していました。結局その後、当面の居場所として、事件の2年前の2014年6月にやまゆり園に入ることになったんです。

平野(母)
弘済学園で同じクラスだった方も含め、津久井やまゆり園に入所して、「みのりホーム」に在籍していた方が3人くらいいます。

篠田
吉田さんも、同じ時期に弘済学園からやまゆり園に移ったんですか。

吉田
うちの子も弘済学園を出て、やまゆり園に入所したのですが、2013年でしたから1年くらい早かったです。
私の場合は、市役所から施設の一覧表をもらって、片っ端から連絡を取って見学に行きました。でもどこもいっぱいだったり、うちの子が暴れたりするので、「うちでは無理です」と言われたり。

渡辺
強度行動障害の子はだめと。

吉田
とくに他害とかあると受け入れてもらえません。ところが、やまゆり園の場合は、1泊2日の体験入所をさせてもらったとき、たまたまうちの子がおとなしかったからか、入所できることになったんです。それでも、入所するまで1年間待ちました。

渡辺
入るまでに1年かかったんですか。

平野(父)
1年は早い方ですよね。基本的に空いている施設はないんです。どこも満員ですから待機、待機です。

吉田
片っ端からダメと言われるなかで、やまゆり園が受け入れてくれた時には、救われたという感じでした。

平野(父)
入所した方はほとんどそういう感じかもしれません。「入れてもらった」という感じですね。
やまゆり園の家族会の現会長の大月(和真)さんが言ってましたが「やっとたどりついた」という感じ。

平野(母) 「すばるホーム」に入った当初から、基本的に土・日は外出なしということでしたが、「みのりホーム」では「ここの人たちは刺激に弱いので外出はできません」と言われたので驚きました。それまで弘済学園で普通に外出していたのに、どうしてそうなるのかわからない。誰か一人出せば他の人も、となるので出せません、と言うんですね。

吉田
私も以前は毎週、子どもに会いに行っていたのですが、「芹が谷園舎」に移ったら、「月に1回にしてほしい」と言われました。私が「会いたいのに来ちゃいけないんですか」と聞いたら、「親が来ると乱れる」と言うんです。「おうちに帰る」と言い出すらしいんですね。弘済学園では親も一緒に入って子どもたちと時間を過ごすこともできたのですが。

提案や批判もむなしい連携できない家族会

平野(父)
やまゆり園もいろんな問題を抱えているのに、家族会などでは文句を言う人が少ないのは不思議な気がしますね。

平野(母)
他の方で、「施設ではこんな日中活動をしているけど、やまゆり園ではできないのか」と提案していた人もいましたが、ほとんど無視されていました。時々、家族会でも批判的な声を上げる人もいるんですが、家族どうしの横の連携がほとんどないから、まとまって何かを提案していくという形にならないんです。

渡辺
やまゆり園に対して、なかなか強いことを言えないのは、やはり施設にお世話になっている、という気持ちがあるからですか。

平野(母)
そうですね。私たちはやまゆり園にいろいろ言ってきたんですが、ほかの家族から「お世話になっているんだから、そんなこと言ってはだめよ」と諭されたことがありました。

吉田
私は平野さんご夫妻がいろいろ意見を言われているのを見て共感して、総会が終わった後に声をかけたんです。

平野(父)
内心では、やまゆり園や家族会に不満を持っている家族は多いけど、それを言葉にはしづらいんです。

平野(母)
私たちも、もしやまゆり園が改善されて、そこにいながらグループホームに出ることを選べるとか、やまゆり園にはグループホームもありますからね。そんなふうに今までの日中の事や、外出に関しても改善してくれるのなら、息子をやまゆり園に置いておこうかとも考えました。

平野(父)
こう改善したらいいのではないかとか、事件前も事件後もいろいろ提案をしたのですが、まったく聞く耳を持ってもらえなかったんです。
実は事件後すぐにホーム長から「施設を移ってくれないか」と言われました。なぜかというと、事件のあと40人くらいの入所者が体育館に避難して、しばらくそこでざこ寝状態で暮らしていたのですが、うちの子は夜も歩き回って、どうも迷惑だということだったらしいんです。

最初は抵抗しましたが、「移ってほしい、これはお願いだ」とも言われ、三浦市にある施設を提案されたので、とりあえず見学に行ったんです。行ってみると、建物の下がすぐ三浦海岸で、海が見えて陽光が燦々として、すばらしいシチュエーションなんです。海岸に降りればいろいろなお店もあるし、プールもあるし、児童施設もあるし、これは素晴らしいと思いました。

ところが、その施設に移って1カ月ほどして正式契約をしてくれということで出掛けた時に、「うちの子はどうですか?」と聞くと、1カ月の間、一度も外へ出していないと言うんです。寮長に聞いたら、うちは寮からいっさい出さない方針だと。いや、和己は運動が必要だから出してもらえないかというと、部屋の中を歩いているから大丈夫ですよ、慣れてきたら正門の外にあるセブンイレブンくらいまでは行かせます、と言うんです。ここにうちの子は置いておけないと思いました。

渡辺
やまゆり園に置いておけないと思ったけれど、ほかの施設も似たり寄ったりの面があるということですね。

平野(母)
親にしてみれば、自分たちがいずれ死んだ時に、子どもをそのまま今の施設に置いておいていいのか。そういう思いをなぜ、やまゆり園の他の親は持たないんだと思いました。

やまゆり園の問題か大規模施設の問題なのか

渡辺 こうしてお話を聞いていて思うのは、問題はやまゆり園だけにあるのか、それとも大規模施設ゆえの構造的な問題なのか。そこをしっかり見すえないと、単にやまゆり園を批判して終わりということでは、犠牲になった人たちに申し訳ないし、これから第2第3の植松が出現しないとも限りません。

私も難病患者の療養病床をよく取材したり、施設や病院から地域移行したいという障害者を支援する活動を行っていますが、中にはいまだにパンツ共用という前近代的な施設があったりします。

一同
えーっ、いまだに? 誰も文句言わないんですか。

渡辺
私物のパンツを使ってもいいと規則上はされているのですが、使えば使ったで職員から嫌味を言われたり、他の利用者の風当たりが強くなったりで、結局、無力化してしまうんですね。

さきほど、うんちを拭かないという話がありましたが、僕が知るケースでも、おむつ交換がひじょうに乱雑な職員がいて、交換後にズボンやシーツなどあちこちに便がついて臭くてしょうがない。でもなかなか文句をいえないという悩みを聞いたことがあります。施設に伴うそういう話は数限りなくありますね。

気をつけなくていけないのは、単に施設がひどいと外から言うだけだと、逆に施設の管理体制が強まって、利用者の生活がもっと不自由になるなど悪い結果を招いてしまうことがある。施設だって地域の中で大切な役割を果たしているのだから、施設もグループホームも自立支援も、開かれた形で議論し合って、お互いにもっと補完し合えるような関係をつくっていけるのがベストだと思うのです。

平野(父)
そもそもやまゆり園事件の後、いまだに職員が誰もきちんと発言してないでしょう。

渡辺
職員も少ない人数でやっているので、なかなか全部の入所者に手が回らないといった事情があるなら、それはそう説明した方がいい。取材の過程でやまゆり園の職員に会う機会がありますが、職員だって熱い思いを持って取り組んでいる人は確実にいます。だからこそ、やまゆり園側もきちんと発言をして、構造的な問題を一緒に考えていこうという姿勢を示したほうがいいと思いますね。

平野(父)
結局、組織が大きくなると、当然そこには管理上の問題が生じます。その管理と、人の尊厳を重んじるというのは、反比例しますからね。やまゆり園だって、いろいろなプログラムを掲げていて、見学された方の中には「いろいろなプログラムがあってすばらしい」という感想を持つ人もいるんです。

でも入ってみるとわかりますが、いろいろ掲げてあっても、実際にそれが実行できているかどうかは別なんです。実際は日中の生活介護も先ほど言ったようなことしかやられていないわけです。

吉田
やまゆり園では作業といっても、型はめとかパズルくらいしかやらないでしょう。だから家族の方も、うちの子は何もできないからこれでいいんだと思ってる人は多いと思います。それは本人が自分でいろいろなことをやってみる環境にないからですね。やまゆり園では「壱成君は働くのは無理です、グループホームも無理だと思います」と言われました。

平野(母)
本当はグループホームも含めて、あの施設を出てもやっていけそうな人が入所者の中にたくさんいるんですよね。だから、もっといろいろな選択肢を示して説明してくれていたら良かったのにと思いますね。

――ここで話されている平野さんたちの批判についても、やまゆり園の関係者は、かなり気にしている感じがあります。だから、園としてきちんと反論した方がよいのではと、家族会・前会長の尾野さんなども言ってますよね。

平野(父)
そもそも事件の直後から、職員は外部に何も話してはいけないと箝口令が敷かれているのでしょう。入倉かおる園長の考え方は、やまゆり園はあくまで被害者だからということですからね。

渡辺
園を運営する「かながわ共同会」にしても、県の意向をうかがいながらだし、なおさら現場の職員は何も話せないという状況になっていますよね。

平野(父) やまゆり園の施設の問題については、9月の神奈川県議会で、議員が質問し、県知事が答弁しています。議員から紹介があって私も資料をお見せしましたが、県議会でこの問題が取り上げられたこと自体、初めてです。

――それは地元ではマスコミ報道されたんですか。

平野(夫)
されてないと思います。

植松被告の障害者観がどんなふうにして形成されたのか。施設のあり方との関係をどう考えればよいのか。その問題についてはさらに検証していきたい。

全ての記事を表示する リンク元・移動先ランキング 最終更新日:2019/12/28

Blog Top  | 社会福祉法人かながわ共同会まとめ | コメント(0) | Top↑ | bottom↓ | NEXT →

*Comment

コメントを投稿する

COMMENT
パスワード  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

 | BLOGTOP |