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2019.12.28 (Sat)

近頃こんな議論が多いな


12/27(金) 19:58配信の
相模原事件めぐる議論で語られていない施設の現実
井上英夫×渡辺一史×佐久間修
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191227-00010001-tsukuru-soci&p=1


相模原事件めぐる議論で語られていない施設の現実
井上英夫×渡辺一史×佐久間修


全文



●はじめに
篠田(本誌) この7月で相模原障害者殺傷事件から3年になります。来年1月から裁判が始まりますが、既に事件は風化しつつあるのではないかという声もあります。そんな中でこの座談会では、福祉や障害者の問題に長く関わってきた3人の方に集まっていただきました。

相模原事件は、これまであまり触れられなかった多くの問題を明るみに出したのですが、例えば入所施設や福祉のあり方をめぐって踏み込んだ議論がなされていないのではないかという指摘があります。きょうはその問題について話し合ってみたいと思います。

佐久間さんはやまゆり園ではありませんが、入所施設で働いている現役の方、井上さんは社会保障法学会でこの事件を調査研究してきた金沢大学名誉教授、そして渡辺さんは『こんな夜更けにバナナかよ』という先頃映画化もされた作品を著わしたノンフィクションライターです。最近、相模原事件を取材しており、植松聖被告人にも面会を重ねています。

まず井上さんから、事件をどう受け止めたか、この3年間の議論をどう見るか、お話いただけますか。

井上英夫
47年生まれ。金沢大学名誉教授。社会保障法学会所属。共著『生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの』

一方で「ついに来たか」という思いも

井上
事件のニュースに最初に接した時には、もちろんびっくりしましたが、一方で「ついに来たか」という思いもありました。それは1980年代以降、新自由主義(私は弱肉強食・強欲資本主義と呼んでいますが)を背景に、日本社会に優生思想的な考え方が強まってきて、社会保障についても営利化・劣等処遇の問題が大きくなっているからです。例えば生活保護バッシングですね。あるいはごく最近で言えば引きこもりの人に対する攻撃もそうでしょう。そういう流れの中であの事件が起きたという気がするのです。

施設職員だった植松被告人があの事件を起こしたというのが衝撃だったわけですが、そもそも社会福祉施設は基本的人権すなわち人権保障の場で、職員は、人権としての社会保障・社会福祉のにない手なんですね。

ところが、専門職はいらない、人権意識なんて邪魔だ、親切ならよい、優しければよい、というようなことが平気で語られるようになっています。植松被告人も無資格でした。

そういう中で起きたのが、やまゆり園事件です。

『創』では、パンドラの箱が開けられたと表現していますが、私はマグマが噴き出したと言っています。今はマグマがどこで噴き出してもおかしくないと思っています。この事件について植松被告人個人の責任を問うのはもちろんですが、彼を生み出した社会的背景、何より社会保障・社会福祉の実態・現状、そして植松被告人の考え・行動がなぜ形成されたのか、その成育歴等について厳しい検証が必要でしょう。そして、事件の解明、再発防止のためにも彼を死刑にしてはいけないと痛切に思っています。

渡辺
今回、この座談会を行うための資料として、井上先生たちが社会保障法学会で行った報告書を拝読しました。その中で、被害者家族や利用者家族らに聞き取り調査を行った結果が報告されていますね。

それを要約すると、「やまゆり園は神奈川県内の他施設と比べて職員の給与水準が高く、利用者家族からも“良い施設”と評価されている」とあります。一般にあんな事件が起こると、劣悪な労働環境の中で起こった事件と考えがちですが、やまゆり園が特別“劣悪”だったわけではない、そういう施設で事件が起きたと認識することがまず大切ですね。

井上
良い施設、質の高いといわれた施設で、人権保障のにない手であるべき者がああいう事件を起こしたというのがショックだったわけです。しかし、さらに調べていく中で明らかになりますが、やまゆり園では、拘束・虐待もあった。実は、公設民営で、高いケアをしているモデルだといわれるようなやまゆり園の実態が、日本の社会保障・社会福祉の低水準・貧困さを表していて、事態はより深刻だと思います。職員にとって「良い」施設であっても、入居されている人にとって質の高いケアがされている「良い」施設とはいえない。

もちろん、もっと劣悪な環境でがんばっている職員もたくさんいるわけで、そういう人たちがやってきた努力が、あの事件で台無しにされた。
それなのに、問題は、そういう中で、社会保障、社会福祉の実態とあり方をめぐる議論が、福祉現場からあまり起きていないことです。医療や教育を含めた日本社会全体のあり方が人権保障の視点から問われないといけないのに、そういう議論がされていない。

植松被告人が描いた施設の状況とは

佐久間 『創』に掲載された植松被告人の書いた文章の中で「鍵の中で」と題されたものがあったでしょう(18年7月号。別枠参照)。常時車椅子に縛られ、食事は流動食…その中では生きることも死ぬこともできない、という描写ですね。彼が施設というものについて考えていたイメージを書いたものですが、実際にいろいろな大規模施設を見ていると、入所者に対して刺激を遮断させるために施錠した部屋に24時間置いておくとか、それに近い現実があります。実際に施設で3年以上働いていた植松被告が書いたものとして「鍵の中で」を読んだ時は深刻に受け止めました。

渡辺一史
68年生まれ。『こんな夜更けにバナナかよ』で大宅壮一ノンフィクション賞など受賞。近著『なぜ人と人は支え合うのか』

渡辺
植松被告人は2016年2月の衆議院議長あての手紙でも書いていましたよね。「障害者は人間としてではなく、動物として生活を過しております。車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません」と。また「保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳」ともありました。

佐久間
植松被告人が提示したそういう認識を、我々はどう受け止めるべきかということですよね。

事件の後、神奈川県でも検証委員会が作られましたが、施設での日常の監視活動については、ここでは語らないと言って、検証の対象からはずしてしまった。まずそこに問題があったと思っています。検証すべきことが検証されず、あの事件はいったい何だったのかがわからないまま今日に至っている。

篠田
ただ植松被告人に接見して『創』にずっと報告を載せてきた立場から言うと、最初の時点で、やまゆり園の施設の問題をきちんと解明しなくてはいけないという声が編集部にも寄せられて、彼にもその話をしたんです。つまりあの事件は、施設における入所者への虐待の究極の形で、そういう観点から検証すべきではないか、という指摘です。

でも、植松被告人自身は、やまゆり園の現状に事件の背景の一つがあるのではという見方には否定的でした。特に労働条件や待遇をめぐっては、それと事件は何の関係もない、やまゆり園の処遇に不満はなかった、と言っています。問題点があったのではといった見方をされることに反発したんです。知っている同僚もたくさんいるし、迷惑がかかるから、と言っていました。

井上
『創』の連載をまとめた『開けられたパンドラの箱』でも書かれていましたが、「働きやすいところだった」というわけでしょう。入所者が暴れた時は押さえつけるだけだし、「見守り」は見ているだけですからというわけです。ここには人権保障のにない手という意識がまったく感じられないんですね。

渡辺
先の植松被告人の施設の描写は、彼が実際にやまゆり園で目にした光景をモチーフにしたのは間違いないでしょう。でも、学会での報告と考え合わせると、全国どこの施設でも多かれ少なかれ、そうした光景は見られるもので、やまゆり園はまだマシだったとも考えられます。

また植松被告人の側も、「心失者」を安楽死させるべきだという自分の考えは、単にやまゆり園という特定の環境によって導き出された主張ではなく、もっと普遍的な信念であり、社会の問題を解決する最善の手段なんだと主張したいわけですから、なおさら、やまゆり園がどうあろうと関係ないと言いたいのでしょう。

この10年で大きく変わった施設のあり方

佐久間
施設のあり方というのは、この10年間で大きく変わっています。とにかく安全を最優先するようになって、施錠する施設が増えたと思うんです。監視カメラも増えました。それ以前は、施設というのはもっと牧歌的でした。この10年間で管理主義が一気に進んだ気がします。昔は職員と入所者の関係というのは、施設の中に家族的なムラがあるという感じでした。でもそういう家族的な関係は次第に薄れつつあります。最近は、施設における暴力事件も増えているでしょう。

渡辺
障害者に限らず、高齢者施設でもたくさん起こっています。なぜこれが大きな問題にならないのかと疑問に思うくらい、多発していますよね。

佐久間
ニュースを見るたびに、これは何を意味しているんだろうと思います。ただ、もしかすると、やまゆり園の事件があったから意識して見るようになったし、マスコミも報道するのかもしれません。

篠田
施設や福祉に関わってきた人たちがよく言うのは、確かに障害者とのつきあいは大変だけど、その中に喜びを感じる局面もある、それなのになぜ植松被告は、重度障害者はいなくなればよいという絶望的な見方しかできなかったのか、ということですよね。

渡辺
僕がこの事件に関心を持ち、植松被告に直接会って話を聞いてみたいと思ったのも、まさにそこですよね。
僕は『こんな夜更けにバナナかよ』で書いた鹿野靖明さんという筋ジストロフィーの重度障害者と出会い、自分の人生が一変しました。まさに「今の自分があるのは鹿野さんのおかげ」と思っているのですが、同じように鹿野さんに感謝している人は、僕一人ではありません。

筋ジスで手足も動かない鹿野さんは、自分一人では何もできない人ですが、「できないことは人に頼ればいい」と開き直って、「あれしろ、これしろ」とボランティアに容赦なく欲求を突きつけてきます。最初は「なんてわがままな」と呆れたり反発を覚えたりもしましたが、一方で僕ら健常者の側はというと、「人に迷惑をかけてはいけない」という規範に必要以上に縛られて悩みを一人で抱え込んだりしている。取材していると、どちらが健常者でどちらが障害者なのかわからなくなりましたし、体は不自由で制限だらけの鹿野さんの方が逆に自由に生きているように思えて、人が生きるってどういうことなのか、それまでの学校教育では学べなかったようなことを命がけで僕らに教えてくれたのだと思います。

一方で、植松被告人はやまゆり園に3年以上勤務しながらも、「障害者は不幸を作ることしか出来ない」と言う。同じように障害者の支援に関わりながら、僕らと植松被告人とを分けるものとは一体何だったのか。それが、僕が植松被告人に会って知りたいと思ったことなんです。

佐久間
我々の仕事って、ある意味では人間の根幹に触れる仕事じゃないですか。だからかつては、ある意味で運動家と呼べるような人たちがボランティアで関わっていたわけですね。それがこの20年ほどで生業になるようになって、安全性が優先されるようになった。いわば「思想」がなくなって「管理」が強くなっていったんですね。

「思想」「哲学」がなくなり「管理」が強化された

渡辺
運動家というか、福祉制度が今よりずっと貧弱だった時代には、施設を飛び出して地域で生きようとした障害者は、まさに命がけでした。だから彼らを支える健常者の側も、障害者の置かれている状況に共感し、一緒に社会を変えていこうという思いがベースにあったんだと思います。その中でいろいろなことを考えさせられてきたんですね。植松被告人の場合は、そんなふうに障害者と一対一の関係を築けなかった。それは彼特有の問題なのか、あるいは、施設という環境がそうさせた面も多分にあるのか……。

井上 社会福祉の現場で、思想・哲学が貧困になっているというのはそのとおりだと思いますが、ちょっと強調しておきたいのは現代では思想や哲学が、憲法によって人権保障制度に高められ、具体化されているということです。したがって、人権保障の責任は第一次的に国・自治体にある。この事件を単にかわいそうだ、気の毒だというレベルではなく、人権、しかも最も基礎となる生命権が侵害され、剥奪されたと深刻に受け止める必要があるということです。したがって、国、自治体、そして施設の法的責任が厳しく問われなければならない。

さらに、私たちは、やまゆり園の職員にも話を聞いたのだけれど、「自分たちはやりがいを感じてやってきたし、植松被告人にもそんな話をしたのだけれど、彼はわかってくれなかった」と言ってました。でも、施設の環境が整っていて、職員同士の関係がもっと緊密にできていれば、そんなことにはならなかった気もするんです。

渡辺
私が当初、鹿野さんを「なんてわがままな」と感じてしまったように、誰もが多少は“植松的な考え”が頭をよぎることはあると思う。それを頭ごなしに否定するのではなく、同僚や先輩などと率直に話し合い、「それって本当に正しいんだろうか」と掘り下げて考えられるような環境があれば、暴発を防ぐ有効な歯止めにはなると思うのですが。でも先ほど触れた聞き取り調査だと、利用者家族もやまゆり園を“良い施設”だと評価していたというわけでしょう。

佐久間
利用者家族にとってみれば、もともと障害のある家族を自分で育てていくこと自体が大変で、施設に預けることでようやく家族以外の社会とつながれたという気持ちでしょう。それは別に見捨てたとかそういうことじゃない。家族自身だって大変な状況で、一緒に死ぬか首を吊るかというところまで追いつめられていた家族もいるのが実情ですよね。子どもを施設に預けながら、施設の中に入ったことのない親もいるでしょう。なぜ入らないかというと、幸せに暮らしていると信じて現実を見ないようにしているわけです。

井上
さきほど話に出た牧歌的な時代だと、親も一緒になって関わっていましたよね。それが大規模施設だとそうでない。子どもを「預ける」場所になってしまった。

佐久間
7月に開催される神奈川県と共同会主催の津久井やまゆり園の追悼集会に、施設の利用者が参加してないでしょう。一緒に暮らしていた仲間が犠牲になったという追悼集会に利用者が参加しない。これが神奈川県が施設についてどう考えているのかを示していると思います。

他の施設でも同じような状況ではあるのですが、これは無意識のうちに施設利用者には意思がないと思い込んでいるのではないかと思うんです。植松被告人の言う「心失者」という捉え方を、僕らは否定しないといけないんですが、否定しきれていないところもある。

渡辺
確かに、僕も親しかった重度の知的障害者が亡くなった時、介護にあたった施設の職員は葬儀に参列したけど、一緒に暮らしていた利用者は参列しなかった。それをおかしいとも思わなかったのですが、考えてみればそうですよね。

佐久間
彼らだって彼らなりの悲しみを示すんですよ。悲しいのか悲しくないのかと訊くと、悲しいと言うんですよ。でもそれをどう表現したらよいかわからない。僕らだって自分の意思をどう表明するかというのは、いろいろ経験しながら理解していくものじゃないですか。でもそういう冠婚葬祭には小さい頃から障害を持った子は参加できていないということになると、彼らだって意思表明の仕方がわからなくなるんです。

篠田
佐久間さんがさきほど指摘されたのは、福祉の現場が制度化され支援者が増える過程で、安全性が優先され、利用者と一対一の関係ができにくくなっているということですね。でも一方で70年代以降、大規模施設のあり方が見直されて、「施設から地域へ」ということが言われるようになるわけです。そのふたつのことはどういう関係なのでしょうか?

福祉現場の制度化と「施設から地域へ」の声

井上
施設に入るというのが社会から切り離されることになっている現実があって、規模が小さくなったとしても施設は社会ではない場合が多いんですよ。

例えば私が関わってきたハンセン病の場合、療養所から出ることを何というかというと、「社会復帰」と言うんです。本来は施設を社会にして、施設利用者を地域の中の一構成員としていかないといけないんですが、現実はそうなっていない。

ただ確かに規模の問題というのはあります。もともと大規模施設はコロニーといって、利用者を地域から隔離し、一生暮らさせるという発想だったのです。それまで親に課せられていた負担から解放するという意味合いだったのですね。だからその思想を批判して大規模施設から地域へと提唱するのは意味はあるんです。でも根本的問題は施設の中身であって、規模が小さかろうと施設が「地域」や「社会」になっていないことなんです。

渡辺
「施設から地域へ」という主張を掲げて運動を起こしたのは歴史的に言うと身体障害の人たちですよね。鹿野さんもその一人ですが、「もう施設で管理されるだけの人生はイヤだ」といって地域へ飛び出し、ほとんど野垂れ死にを覚悟でボランティアを集めて地域での生活を始めた。それが、重度障害者の「自立生活運動」と呼ばれる運動の出発点です。

彼らはこの「自立」という言葉に独特の意味を込めたんです。従来の「自立」というのは、自分のことは自分でできること、身体的自立や経済的自立のことを意味していました。でも彼らが主張した自立とは、自分の人生をどう生きたいのかを自分で決めること、そのために他人や社会に堂々と助けを求めてもいいのだと。つまり「自己選択・自己決定」が自立の核心なんだと主張したわけです。

そうした長年の運動の成果として、現在の在宅福祉の制度の充実や、公的介護保障制度というものを獲得していったのですが、そこで取り残されてしまったのが知的障害の人たちなんです。

佐久間
身体障害の方々は、自分の人生は自分で決めたいという意思を持って自立することが可能で、そういう中で行政にはサービスの提供を要求したわけですね。僕はそれで良いと思うんですが、知的障害の方の場合は意思をくみとりにくい。そこが難しいところです。

渡辺
一時期、自立生活をする身体障害の人たちは、「介助者手足論」という考え方を主張していた時代がありました。介助者は障害者の「手足」に徹して、指示を出すまで口を出さないでほしいと。

また、専門性とか資格などにも非常に警戒心を持っていますよね。というのは、専門性の名のもとに障害者はさんざん自己選択や自己決定の機会を奪われてきましたから、その反動もあるでしょう。

でも、知的障害だとそうはいかないし、介護というものがお金で買えるサービスになることで、以前あった障害者と介助者の人間関係までもが希薄になってしまった。やはりサービスの提供だけではいけないのではないか、という揺り戻しの議論が起きるようになっています。

井上
私の知りあいで病院生活を長く送って、ようやく「地域」で1年半ほど生活できて、1カ月くらい前に亡くなった人がいます。地域生活に移行するにあたって家族はどうでもよいという意見の人がいて、私はそれは違うと思ったんです。障害を持った当事者の人権も大切だけれど、家族の一人ひとりの人権も大切。両方が保障されないといけないのですね。

大事なのは意思決定のあり方

久間
『僕だって普通に生きたかったよ』という亡くなった自閉症の方の本を読んで、私は衝撃を受けたことがあるのですが、地域にも施設にもいられず病院で拘束された状態で亡くなっていく方は多いんです。特に行動障害が重い方は、それを何で抑えるかというと、薬とか拘束では無理なんです。サービスの提供では防げないんですね。

篠田
やまゆり園の場合は知的障害の利用者が多かったと言われるけれど、事件の後、建て替えるにあたって、いろいろな議論がなされ、元の150人収容というような大規模施設でないものにしようという結論に達したわけですね。あの結論は正しいと考えてよいのですか?

佐久間
定員66名にしようということですね。3分の1は残りたいと言っているので66名で収まるんです。ただ私が気になるのは、利用者がどうするのかを利用者の意向で決めているのに、その意思決定のあり方にマスコミがほとんど注目していないことです。利用者本人の意思をどうやって確認するのかというのが大きな問題なのに、そこに目が向いていない。

渡辺
この事件の報道の中で数少ない希望に思えるのは、首や腹部を刺されて瀕死の重傷を負いながらも、今は元気になった尾野一矢さんの今後です。お父さんの剛志さんは、やまゆり園の家族会前会長ですが、匿名報道によって被害者や家族の声が報じられない中、マスコミの取材に唯一応じ続けている人なんです。

尾野さんは当初は、やまゆり園を元のような大規模施設のまま再建してほしいと要望していましたが、その後、重度の知的障害がありながらも地域で自立生活を実践する人たちがいるのを知って、「一矢にもこんな生活がありえるかもしれない」と考え方を一変させました。

篠田
重度の知的障害者に自立生活なんて可能なのかと思う人が多いでしょうが、どういうものなんですか。

渡辺
もちろん身体障害の人たちのように、明確な自己選択・自己決定は難しいのですが、じっくり介助者と時間をかけて関係づくりをし、共に考え、共に本人の意思を確かめ合いながら暮らしていく。そこには、人と人が支え合う原風景があるようで感動的なんです。

重度の知的障害や行動障害のある3人の自立生活の様子を撮影した『道草』(宍戸大裕監督)というドキュメンタリー映画が今年2月に公開され、話題になっています。この映画には尾野さんも登場するのですが、一矢さんの自立生活が軌道に乗れば、神奈川県内では初の事例になりますし、これまで施設入所一辺倒だった知的障害者の生き方の選択肢を広げる上でも大きな意味を持つでしょう。

佐久間
利用者本人の意思という時、単純に本人に聞いてみればよいじゃないかと言う人もいるのですが、これは実情を知らない人ですね。

井上
本人にただ聞いてみてもわからないですよね。

佐久間
意思というのは、暮らしや居場所が作られるなかで生活の場で感じていくものなんです。

渡辺
親御さんで、自分には子どもの意思がわかるという人はいますよね。

佐久間
でも入所してしまっている場合は、親が苦戦してきて大変なので施設に入れているわけだから、本人の意思確認は簡単ではないですね。

井上
親は子どもの最善の代弁者ではないんです。日本では、子どもの人権と親の人権の両方が侵害されている。親が全部子どもの世話をするものだと押し付けられてきたか、あるいはもう限界だというので子どもを施設に預けてしまうか、どちらかです。

やまゆり園の事件から何を教訓とするか。入居者(刑務所と同じ入所者ではなく)をただ可哀そうな存在だとか、同情すべきとか、そういうレベルにとどまってしまっていてはいけないんです。これは、国の制度の問題なんですよ。

佐久間
入所者にとっても、あるいは僕ら健常者にとってもそうなんですが、問題は「地域」がないということです。やまゆり園の入所者で、事件からこの3年間で地域移行を前提にして体験をしてきた人は11人だけなんですね。僕はそのことをもっとマスコミに注目してほしい。

地域崩壊の過程で変わってきたこと

井上
今は国自身も、地域、地域と言う時代になったけど、実は一番、地域を破壊してきたのは国なんですね。過疎、限界集落、崩壊集落なんて地域破壊の典型ですからね。地域の基礎となる農業を破壊してきたのは国ですからね。

地域崩壊ということで言えば、私は金沢に移り住んで30年になるんですが、最初感動したのは地域で花を作っている人、それも男性がたくさんいたんですね。野菜作りもやられていました。でも社会の構造自体がゆとりをなくしていく過程で、それがなくなっていくんです。一方で地域の人々の対立をあおるような構造ができていくわけです。

佐久間
やまゆり園の入所者たちが今、一番苦しんでいるのは、地域に行き場所がないことですね。

井上
先頃、私たちは10年ぶりに北欧、主にスウェーデンに行ったのですが、人権を保障するための制度をどう作ったらよいかということを彼らは一所懸命やっています。例えば北欧の「施設」の場合、重度の障害のある人はいない、といいます。ちゃんと一人ひとりの固有のニーズに対応して適切なケアをする仕組み・制度ができていれば重度の人はいなくなる。ただ自傷他害の恐れがある人の場合だけは可動壁を設けるなど設備の面からも工夫しています。

それから、北欧では障害のある人、高齢者についても個室でなく、家の保障になっています。日本ではようやく個室化が進んできましたが、「家」の保障です。したがって「施設」ではなく集合住宅なんですね。自己決定権を保障するということで、どういう家(自宅か「別の家」か)に住むかは自分で決める。そして選んだ先でどのように生活するかも自分で決定する。

渡辺
日本とどこが違うんでしょうね。

井上 よく国民性と言いますが、国民性そのものも国の制度などによって作られるものなんですよ。

渡辺
日本では「障害者」と「健常者」という言葉には、あたかも明確な境界線があると思っている人が多いですが、現実にはそうではないですよね。まわりを見渡しても、障害者なのか健常者なのかよくわからない人があふれています。

今や日本人の2~3人に1人ががんにかかるといわれますが、医療の発達で何年も生きられるケースが増え、がん患者の就労が大きなテーマです。あるいは、職場でうつ病を発症するケースも、今では全然珍しくありませんし、身体的には健康でも内面的な不安定さを抱える人がたくさんいます。発達障害もそうで、「自閉症スペクトラム」という言葉がよく知られるようになりましたが、自閉症的な傾向は健常者の中にも幅広く存在していて、まわりの人間関係や、その人が置かれた環境によって症状が重くなったり軽くなったりすると考えられています。

ある意味では、誰もが障害者かもしれないと思えば、障害の問題は誰にとっても他人事ではないはずです。温情に基づいた福祉ではなく、もっと一人ひとりのニーズに柔軟に応えられる社会保障制度に変えていく必要がありますよね。

佐久間
働くことにどうやってやりがいを見出すかという問題がよく言われますが、大事なのは、仕事をすることで自分自身が変わっていくのを実感することですよね。その点でいえば、施設での仕事もずっと同じ作業をさせるというのでなくて、それこそ地域に出ていくことが必要です。

井上
仕事の中身が大事というのは、施設の職員もそうでしょう。さっきの話に戻りますが、植松被告人の仕事がどうだったのかというのはもっと検証する必要があります。そのためにはやまゆり園の職員がもっと語ってほしい。やまゆり園の事件をめぐっては、3年もたっているのに語られていないことや、わからないことがすごく多いでしょう。

入所者の意思はどうやって測るのか

佐久間
大規模施設という問題と関わるんですが、入所者で24時間拘束を受けていた人もいる。入所者の自己決定権や意思がどんなふうに捉えられていたかという問題もありますね。

渡辺
でも入所者の意思というのは、誰の判断でどういうプロセスで決めたらよいのでしょうか。

佐久間
基本は本人の意思に基づいてということですが、もともと入所してくる人たちというのは、地域でも家庭でも居場所を失ってしまった人なんですね。居場所を一度広げて、その中でいろいろ関わっていく人を含めて皆で判断していくしかないんです。施設の役目は、そのなくなってしまった居場所を回復することだと思うんです。

渡辺
それがやまゆり園ではどうなされていたかが問題なわけですね。

井上
気を付けないといけないのは、意思表明ができないというのは、意思がないということとは違うんです。例えばヘレンケラーもそうだし、私の友達の福島智にしても、意思表示ができない段階はあったと思うんです。でもそれは意思がないということではないわけで、その表情とか行動、さらには指点字、パソコン等適切な伝達手段を通して意思を推し量っていくのが大事なんですね。入居施設等社会福祉の職員というのは本来、専門職であって、それができないといけないんですね。

佐久間
私たちは育ってきた環境の中でいろいろな体験をしながら自分の意思を決めていくのですが、問題は、障害特に知的障害を抱えた人の場合、そういう自分の意思というのが作られてこずに、自分が何をやりたいのか決められないという場合があるんですね。

渡辺
いろいろな経験を経ることで自分の意思を確立するというプロセスが十分でない場合があるということですね。

佐久間
そこで問題なのは、自分で何もできないと思われた人に対して、職員が全部やってあげてしまうことです。発達期において誰かが全部やってくれてしまうと自分で意思が作られてこないんですね。職員がすべきことは代わりにやってあげることでなく、居場所を作ることだと思うんです。それがあまりできていないというのが障害福祉施設の現状だと思います。

篠田
それはやまゆり園のような大規模施設の現状ということですか?

佐久間
いやグループホームで規模が小さくなればよいかというとそうではない。大規模施設より劣悪な環境にあるグループホームもありますよ。「施設から地域へ」とよく言われますが、思想がない限り規模が小さくなってもだめなんですよ。

井上
ある種のサービス提供だから、なんでも親切にやってあげるのがよいと思われがちなんです。施設職員は確かに善意でやっているのですが、人権意識が伴わないと「善意の途は地獄に通じる」で、かえって状況を悪くしてしまう怖れもあるんです。

もちろん小規模のグループホームのほうがやりやすい面もあって、いろいろな議論を経ながら、施設から地域へという流れができていったわけですね。それは否定する必要はないのですが、大事なのは規模の大きさとか形の問題だけではないということです。

渡辺
グループホームは少人数なだけに、閉鎖的になるという問題もありますよね。

佐久間
障害のある人の意思をどうやって判断するかという問題ですが、例えば強度行動障害で、暴れるとか物を壊す人も、それをやることが意思に基づくものなのか、どういう理由でそれをしているのか判断しなくてはいけない。自己肯定感が得られればそうならなくなる可能性もあるわけで、その時々で変わっていく「意思」と、その背景にある「意志」が違っている場合もあるわけです。彼らが自己決定できる意思をどうやって暮らしの中で形成していくかが大事なんですね。

井上
最後に、今後の課題として人権意識の向上、そのための人権教育の重要性を指摘しておきたいと思います。社会保障・社会福祉の職員、公務員だけでなく、小学生からの人権教育が必要でしょう。

《鍵の中で》植松 聖

「もう大丈夫ですよ。今まで御苦労様でした。後は私達にまかせてください」
「本当に有難うございます…宜しく御願いします…」
 8秒間、深々と頭を下げていたが、その後はやたら饒舌で、いつの間にかお客様のような注文をしている。帰る時には目を細めた暖かいまなざしで別れを惜しむが、その足どりは軽やかだった。
「ここで何をするの?」
「…」
「ここで何をするの?」
「…」
「ここで何をするの?」
「何もしないよ」
「何も?」
「そう、この車椅子に縛られるだけ」
 普通の車椅子とは少し違うよう見える。全体がリクライニングして横にもなれるよう大きい。
「食事は?」
「流動食で噛む必要もないから、口空けてー」
 急に態度が変わった。声の色、表情も無機質になったし、こんなもの食べられたものではない。が、口を閉じるとスポイトでねじ込まれた。水分もゼリーに変えられている。
「トイレは?」
「オムツの中にパッドを3枚、上手に巻けばしばらく平気だよ」
 廊下を歩いている人が道しるべのようにウンコを漏らしている。
「あっ!!またやりやがった!!」
「ウギィ!!」
 腹を思いきり殴られた後、シャワー室に引っぱられている。周りを見ると日当たりもよく明るい雰囲気だが、糞尿の臭いが充満している。
 これから、ずっと、この場所で暮らすのか。
 ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガァンッガァンッガァンッガンッガンガンッガンガンッガァンッフーーーッガンガンッガァンッフーッフゥーーガンガンガシッ
「えーっ16時20分、自傷行為のため身体拘束、薬持ってきて!!…コイツ厄介だなぁ…」
 この鍵の中では生きることも死ぬこともできない。
「考えるから辛いんだよーはいっ口開けてぇアーンッ…」
「あゃうは、いーんなっんーんなっうなぁいー」

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